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先日、母方の祖母が亡くなった。
おばあちゃんは難病である膠原病を患い、2年くらい前から肺が固くなる症状などと闘っていた。
入院したこともあった。退院した日の車の中、おばあちゃんは少し歩くだけで、100m走でダッシュしたくらいに息切れをしていた。
でもおばあちゃんはどんなときでも、「なんてことない」空気を出す天才だった。
横で心配するおじいちゃんに「もう!大丈夫やからほっといてっ」となぜがキレ気味。
人一倍心配されるのを嫌がる傾向にあったと思う。
症状は進行している…車を運転していた母も、私も、心の中ではそう感じていたけど、
おばあちゃんはいつもと同じようにとりとめのない話しをして笑っていた。
帰りに退院祝いにホテルのバイキングで食事。
その時になかば無理やり一緒に撮った写真が、最後の写真になった。
もともとあの歳の割には背が高く、ふくよかな…はっきり言うと太め体型のおばあちゃんが、
薬の副作用でさらにパンパンになった頬で、少し恥ずかしそうに映っていた。
口ぶりはさっぱりとしていて、いつも明るかったおばあちゃん。
亭主関白だけど子供のまま大人になったみたいなおじいちゃんに、時に(しょっちゅう?)子供をしかるような口ぶりで話していたけど、立てるときは立てる、仲の良い夫婦だった。
二人で小さな町工場を経営しながら、50数年寄り添ったふたり。
私は、おばあちゃんが大好きだった。
幼いの時からおばあちゃんの家に泊まるのが好きで、帰るときは泣き叫んで嫌がり迎えにきたお父さんをしょっちゅう困らせた。
おばあちゃんたちにとって、長女の子供である私が初孫。孫の中でも一番近くに住んでいる。
そのせいもあってか、とても可愛がってもらっていたように思う。
「おかあさんには内緒やで」
そう言ってこっそりおこづかいをくれるのがお決まり。(たいていはバレていたが)
大人になってからも、おばあちゃんはいつも味方だった。
母とひどい喧嘩をして、おばあちゃんちに逃げこんだことも何度かあった。ここ一年以内にも…(我ながら大人げない)。
泣きながら話す私に、「ほんまか」「お母さんそんなこと言ったんか」と、うんうんとうなづきながら話しを聞いて励ましてくれた。
「ここに来たこと、お母さんには言わんとってな」
「わかった、言わへんよ^^お腹は空いてないか?」
空いた、というと、冷蔵庫から冷凍ピザを取り出して焼いてくれた。
ひとつ後悔しているのは、
最近少しひさびさに会った時、
「ひさびさやな^^元気しとるか?」
「ちょっと前まで死にたかったけど今は大丈夫(笑)」
ほんとに気が病んでた時期だったから何気なく言ってしまったんやけど、
後から聞くとおばあちゃんは夜も眠れないほど心配で母に電話がかかってきたそう。
それを聞いて、無駄におはあちゃんを心配させたことを悔やみ、同時に改めて愛を感じた。
おばあちゃんのつくる料理は昔から、同じ料理でもなぜか母よりおいしく感じた。
もうあのお味噌汁も、お正月のお決まりだった絶品の黒豆も、もう食べることができない、、
おばあちゃんは、私がお気に入りの服などを身につけていると必ず、
「LEMON、それキレイなん着とるな^^」
「それイイやん」
と、気づき、褒めてくれた。親類の大人の中でもただ一人。感性が似ていたのだろうか、
そのひとことがいつも嬉しかった。
「おばあちゃん、倒れてん。今すぐ帰っておいで」
その電話があった時私はいとことショッピングをしていた。
急いで帰るとすでに自宅で息を引き取っていた。
言葉の出ない私に、母が
「もう、慰めてもらわれへんな」
知ってたんやね。。。
今思えば難病で定期的に市民病院に通院していたおばあちゃんが辛かったのは当たり前なのに、
そう思わせない強さがあった。
「おばあちゃん、病気のことも、死ぬことも、なぁんにも怖いもんないねん」
と、本当にあっけらかんと話した。強い人だった。
身よりが一人もいない知り合いのおばあさんが入院して亡くなるまで、おばあちゃんだけは定期的にお見舞いに行っていた。
姑などの介護を二回は経験してるおばあちゃんだけど、泣きごとなんて聞いたこともない。
「なんてこともない」ようにいろんなことをこなしていた。
最後に一緒に食事をしたのは、今年のお盆かな。親戚みんな集まって、退院した日と同じホテルでのバイキング。
帰り際、すこし離れていたところにいた私のところに速足でやってきて
「おかあさんに内緒やで」
と、お金を握らせてくれた。おばあちゃん、私もうすぐ三十路のアラサ―やで…色んな意味で泣けた。
おばあちゃんにとってはいつまでも孫なんだな。
しかし母によると、お金を握り締めて「LEMONは?LEMONはどこいったんで?」と探していたのでバレバレだったそうだ。
本を読むのが大好きだったおばあちゃん。本棚には大量の文庫本。
亡くなるすこし前に白内障の手術をして、よく見えるようになってますます本が読めると喜び、最後まで前向きだった。
石川遼くんの大ファンだったおばあちゃん。テレビ観戦はもちろん、毎回ネットで試合結果をチェックするほど。
偶然か、そんなおばあちゃんの告別式は昨日、遼君の誕生日の日に執り行われた。
(ちなみに、棺の中のおばあちゃんの頭に、泣きながら遼君モデルのサンバイザーをかぶせたおじいちゃんは、さすがにそれはやめてと娘に怒られていた)
おばあちゃんは難病である膠原病を患い、2年くらい前から肺が固くなる症状などと闘っていた。
入院したこともあった。退院した日の車の中、おばあちゃんは少し歩くだけで、100m走でダッシュしたくらいに息切れをしていた。
でもおばあちゃんはどんなときでも、「なんてことない」空気を出す天才だった。
横で心配するおじいちゃんに「もう!大丈夫やからほっといてっ」となぜがキレ気味。
人一倍心配されるのを嫌がる傾向にあったと思う。
症状は進行している…車を運転していた母も、私も、心の中ではそう感じていたけど、
おばあちゃんはいつもと同じようにとりとめのない話しをして笑っていた。
帰りに退院祝いにホテルのバイキングで食事。
その時になかば無理やり一緒に撮った写真が、最後の写真になった。
もともとあの歳の割には背が高く、ふくよかな…はっきり言うと太め体型のおばあちゃんが、
薬の副作用でさらにパンパンになった頬で、少し恥ずかしそうに映っていた。
口ぶりはさっぱりとしていて、いつも明るかったおばあちゃん。
亭主関白だけど子供のまま大人になったみたいなおじいちゃんに、時に(しょっちゅう?)子供をしかるような口ぶりで話していたけど、立てるときは立てる、仲の良い夫婦だった。
二人で小さな町工場を経営しながら、50数年寄り添ったふたり。
私は、おばあちゃんが大好きだった。
幼いの時からおばあちゃんの家に泊まるのが好きで、帰るときは泣き叫んで嫌がり迎えにきたお父さんをしょっちゅう困らせた。
おばあちゃんたちにとって、長女の子供である私が初孫。孫の中でも一番近くに住んでいる。
そのせいもあってか、とても可愛がってもらっていたように思う。
「おかあさんには内緒やで」
そう言ってこっそりおこづかいをくれるのがお決まり。(たいていはバレていたが)
大人になってからも、おばあちゃんはいつも味方だった。
母とひどい喧嘩をして、おばあちゃんちに逃げこんだことも何度かあった。ここ一年以内にも…(我ながら大人げない)。
泣きながら話す私に、「ほんまか」「お母さんそんなこと言ったんか」と、うんうんとうなづきながら話しを聞いて励ましてくれた。
「ここに来たこと、お母さんには言わんとってな」
「わかった、言わへんよ^^お腹は空いてないか?」
空いた、というと、冷蔵庫から冷凍ピザを取り出して焼いてくれた。
ひとつ後悔しているのは、
最近少しひさびさに会った時、
「ひさびさやな^^元気しとるか?」
「ちょっと前まで死にたかったけど今は大丈夫(笑)」
ほんとに気が病んでた時期だったから何気なく言ってしまったんやけど、
後から聞くとおばあちゃんは夜も眠れないほど心配で母に電話がかかってきたそう。
それを聞いて、無駄におはあちゃんを心配させたことを悔やみ、同時に改めて愛を感じた。
おばあちゃんのつくる料理は昔から、同じ料理でもなぜか母よりおいしく感じた。
もうあのお味噌汁も、お正月のお決まりだった絶品の黒豆も、もう食べることができない、、
おばあちゃんは、私がお気に入りの服などを身につけていると必ず、
「LEMON、それキレイなん着とるな^^」
「それイイやん」
と、気づき、褒めてくれた。親類の大人の中でもただ一人。感性が似ていたのだろうか、
そのひとことがいつも嬉しかった。
「おばあちゃん、倒れてん。今すぐ帰っておいで」
その電話があった時私はいとことショッピングをしていた。
急いで帰るとすでに自宅で息を引き取っていた。
言葉の出ない私に、母が
「もう、慰めてもらわれへんな」
知ってたんやね。。。
今思えば難病で定期的に市民病院に通院していたおばあちゃんが辛かったのは当たり前なのに、
そう思わせない強さがあった。
「おばあちゃん、病気のことも、死ぬことも、なぁんにも怖いもんないねん」
と、本当にあっけらかんと話した。強い人だった。
身よりが一人もいない知り合いのおばあさんが入院して亡くなるまで、おばあちゃんだけは定期的にお見舞いに行っていた。
姑などの介護を二回は経験してるおばあちゃんだけど、泣きごとなんて聞いたこともない。
「なんてこともない」ようにいろんなことをこなしていた。
最後に一緒に食事をしたのは、今年のお盆かな。親戚みんな集まって、退院した日と同じホテルでのバイキング。
帰り際、すこし離れていたところにいた私のところに速足でやってきて
「おかあさんに内緒やで」
と、お金を握らせてくれた。おばあちゃん、私もうすぐ三十路のアラサ―やで…色んな意味で泣けた。
おばあちゃんにとってはいつまでも孫なんだな。
しかし母によると、お金を握り締めて「LEMONは?LEMONはどこいったんで?」と探していたのでバレバレだったそうだ。
本を読むのが大好きだったおばあちゃん。本棚には大量の文庫本。
亡くなるすこし前に白内障の手術をして、よく見えるようになってますます本が読めると喜び、最後まで前向きだった。
石川遼くんの大ファンだったおばあちゃん。テレビ観戦はもちろん、毎回ネットで試合結果をチェックするほど。
偶然か、そんなおばあちゃんの告別式は昨日、遼君の誕生日の日に執り行われた。
(ちなみに、棺の中のおばあちゃんの頭に、泣きながら遼君モデルのサンバイザーをかぶせたおじいちゃんは、さすがにそれはやめてと娘に怒られていた)
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たまーーーーーに現われる私を気に入ってくれる人。。変わってる~。
私が気になった人からはメアド聞かれないけどね。
そんなもんよね。
ドリーさんやマーガレットさんにきゃーきゃー言ってる方が楽しいんだけど、
そうも言ってられんよな…。それは分かってるんよ、一応。
ってことでリアルの方も頑張らないとな…。
私はあんまりまだ惹かれてはいないけど、こんなことなかなかないし良いところをちゃんとみないと><。
男性という生き物自体は苦手だから、リアルな出会いになると結構つらい。
逃げたくなる心と逃げちゃだめだと背中を押す頭の戦い。
バンドマンは大丈夫なのに、不思議← 現実味ないからかもw
それに身近でも何かしらあったほうが心置きなくバンドも追いかけられる(笑)
タイトルの通り、糖質オフ生活始めた。
っていってもカフェオレとかチョコレートをなるべく食べないってだけだけど。
でも365日毎日食してたから…。
1か月続けて何か変化あったら報告する。
今のとこ1週間で0.5キロくらい痩せた。いや、痩せたい訳ちゃうんや…。
画像は八十八ヶ所巡礼の「日本」をモデルにした。
マーガレットさんて黒猫みたい。
ファン同士でいがみ合うことほど醜くて馬鹿らしいことはそんなにない気がするぞ。
みんな同じ立場。
バンドマンから見たらお客さんの一人。
自分たちにお金使ってくれるお客さんを大切にするのは普通のこと。
だから、さっきの記事色々書いたけど浮かれているわけじゃないんだ。
自慢したいわけでもない。
だって他のファンにだって優しいし平等やん。
なんの自慢にもなってないって分かってるから。大丈夫。
割り切って楽しんでる。
でも、中にはいらいらする人もいるのかな、、
なんでこんなこと言うのかというと、
女同士って、嫌な感情向け合うことあるんだなぁって実感させられたことあったから。。。
他のファンのこと気にするのって時間の無駄だし癪じゃないか?
自分の大切な時間やで。。。他のファンのことでイライラすんじゃなくて、どうせならその好きなバンドマンのこと考えるのに費やせばいいのに!!!!
女って時々すごくめんどくせぇよな!まったくよう!!!!!
みんな同じ立場。
バンドマンから見たらお客さんの一人。
自分たちにお金使ってくれるお客さんを大切にするのは普通のこと。
だから、さっきの記事色々書いたけど浮かれているわけじゃないんだ。
自慢したいわけでもない。
だって他のファンにだって優しいし平等やん。
なんの自慢にもなってないって分かってるから。大丈夫。
割り切って楽しんでる。
でも、中にはいらいらする人もいるのかな、、
なんでこんなこと言うのかというと、
女同士って、嫌な感情向け合うことあるんだなぁって実感させられたことあったから。。。
他のファンのこと気にするのって時間の無駄だし癪じゃないか?
自分の大切な時間やで。。。他のファンのことでイライラすんじゃなくて、どうせならその好きなバンドマンのこと考えるのに費やせばいいのに!!!!
女って時々すごくめんどくせぇよな!まったくよう!!!!!
ついったにつぶやいたことを詳細にかくだけなりそう。
ほぼドリーさんとのエピソードのレポなので読んでも私しか面白くありませんw
前日のオトダマは行けなかったからこの1日に私の夏を全部詰め込むぞーーーーっ!!!
って意気込みで乗り込んだ。
6日の夜に、オトダマ帰りのお友達が私んちに泊まりにきて、翌日7日は一緒にバーリへ。
会場に到着したらまず、波打ち際まで行って、防波堤を歩いた。
夏の思い出に写真を撮りつつ。
なんやかんやで50回転ズのバン車が到着。
ドリーさんが歩いてはったから、柵のところから「ドリーさん!」って叫んだら、こっち見て会釈してくださった。「暑いね~」とか言いながら^^
そんでラッキーなことに、出番前にたまたま近くでお見かけしたから、サインお願いしたはいいが、ペンに問題が。
ポスカみたいに、最初は真っ白で何回か押し付けたり振ったりしないとインクが出てこないヤツだったのだ。
それが新品のまんまで、焦った私はインクが出るまで何度もガシガシガシガシペン先を手の甲に押しつけてから「こ、これで、お願いします!すみませんッ(汗」って渡した。
手の甲はインクで汚れた上に力入りすぎて血出たw(猟奇的w)
しかしまだインクの出方が甘くて、ドリーさんは「もうちょっとインク出したほうがいいね」っていいながら自分のひとさし指にペン先を何度も。。!!!!!
大事な指を黒く汚してしまった…
仕上げに「キャップ貸して?」とおっしゃり、何度もペンを振ってくださってやっと書ける状態に…私もう冷や汗のかきすぎで干からびるかと思った、、、
察するに、((ファン対応をするつもりじゃなかったんだけどな…))って思うようなタイミングだったので、申しわけなかった&感謝です。
それから物販を見ていたら、ドリーさんがひょこっと出てきて楽屋スペースの柵の中から物販にいるスタッフさんを呼んだ。
しかし、しかしだ。
スタッフさんはお客さんの対応をしていて気付かないしお客さんも気づかない。
つまり、ドリーさんが呼んでいることに私しか気付いていなかったのだ。
ドリーさんと目が合った。にこっと困ったような笑顔を浮かべた。
体中に湧きおこる使命感…
この瞬間私は悟った。この役目を果たすために、私は生まれてきたのだ…(すんません、茶番に付き合ってくださいw
「頼まれる」場面は他にもあった。
私の友人にサインをする際、「ちょっとこれ持ってて」と言って持っていたビールをおもむろに渡されたのだ。
実際「あ、はいっ!」
心の中((はいぃぃぃぃぃぃよろこんでぇぇぇぇぇぇぇぇ一時間でも一生でも持ってますぅぅぅぅ。゚(゚^ω^゚)゚。))
「頼まれる」ってすごく、生きてるって喜び、実感するね…(激重
もうドリーさんエピソードひとついいですか。
自分たちの出番が終わったあとで、ステージ裏の小高いところで体育座りでステージを見ていたドリーさん。
こちらの方角を見た瞬間に、めっちゃ遠くから思いっきり手を振った私。
そしたら、なんと、手を、振り返してくださったo(TヘTo)感激感動!!!!
時間が前後するけど、ライブ本番は、下手の端っこの方最前でステージにしがみつく形で参戦。
ステージめっちゃ高いからすごい見上げるアングル。
これがまたかっこいいのなんの…!!!!
ステージにさえ屋根がない野外、照りつける太陽、逆光のドリーさん。。。神がかり的かっこよさ。。
ドリーさんが前の方に来た時は後ろの人に見えるようにしゃがんでた。
あのアングルと近さと明るさで見る反り返り(ブリッジ?えびぞり?)は迫力満点。
カメラマンの血が騒いだ~~~(もちろん撮影してないけど)(そもそもカメラマンじゃない)
ヘッドを客席側に向けて銃を撃つみたいなパフォーマンスで2回ほどハートを撃ち抜かれた。
だって柵もない目の前なんやもん!!!
Surfin' girl聴けてうれしいなぁぁぁ。めっちゃ楽しい~。
ハートブレイカ―では、ダニーさんが間奏の途中で「お客さんの歓声が小さいからギター置いて帰っちゃう」ところから「戻ってる」までの小芝居をやってとても面白かった。
戻ってき方が最高にコミカルで笑った!リズムに合わせてネクタイ締めるしぐさしたり、ズボン直す(?)しぐさしたりしながらロボットダンスみたいな動きで^3^
とにかく楽しかったなぁ。
生きて家まで帰れるのか心配になるほど色々ツイてた。
写真も撮ってもらった。私安易にピースするのやめたい。私だけ映り方がダサくてかなしいw
ありがとう。。ありがとう。。。
すさんだ心にしみる優しさ、小さな幸せ。。。。。忘れないようにここにメモ。
そして読んでくださった方もお付き合いありがとう。
でも一緒に行ったお友達のことちゃんと考えられてたかな、私。っていう瞬間があった。
50に夢中になりすぎたかもって、そこはとても反省している。
ほかにもダニーさんのこととか書きたいけどもう力尽きた。
ほぼドリーさんとのエピソードのレポなので読んでも私しか面白くありませんw
前日のオトダマは行けなかったからこの1日に私の夏を全部詰め込むぞーーーーっ!!!
って意気込みで乗り込んだ。
6日の夜に、オトダマ帰りのお友達が私んちに泊まりにきて、翌日7日は一緒にバーリへ。
会場に到着したらまず、波打ち際まで行って、防波堤を歩いた。
夏の思い出に写真を撮りつつ。
なんやかんやで50回転ズのバン車が到着。
ドリーさんが歩いてはったから、柵のところから「ドリーさん!」って叫んだら、こっち見て会釈してくださった。「暑いね~」とか言いながら^^
そんでラッキーなことに、出番前にたまたま近くでお見かけしたから、サインお願いしたはいいが、ペンに問題が。
ポスカみたいに、最初は真っ白で何回か押し付けたり振ったりしないとインクが出てこないヤツだったのだ。
それが新品のまんまで、焦った私はインクが出るまで何度もガシガシガシガシペン先を手の甲に押しつけてから「こ、これで、お願いします!すみませんッ(汗」って渡した。
手の甲はインクで汚れた上に力入りすぎて血出たw(猟奇的w)
しかしまだインクの出方が甘くて、ドリーさんは「もうちょっとインク出したほうがいいね」っていいながら自分のひとさし指にペン先を何度も。。!!!!!
大事な指を黒く汚してしまった…
仕上げに「キャップ貸して?」とおっしゃり、何度もペンを振ってくださってやっと書ける状態に…私もう冷や汗のかきすぎで干からびるかと思った、、、
察するに、((ファン対応をするつもりじゃなかったんだけどな…))って思うようなタイミングだったので、申しわけなかった&感謝です。
それから物販を見ていたら、ドリーさんがひょこっと出てきて楽屋スペースの柵の中から物販にいるスタッフさんを呼んだ。
しかし、しかしだ。
スタッフさんはお客さんの対応をしていて気付かないしお客さんも気づかない。
つまり、ドリーさんが呼んでいることに私しか気付いていなかったのだ。
ドリーさんと目が合った。にこっと困ったような笑顔を浮かべた。
体中に湧きおこる使命感…
この瞬間私は悟った。この役目を果たすために、私は生まれてきたのだ…(すんません、茶番に付き合ってくださいw
「頼まれる」場面は他にもあった。
私の友人にサインをする際、「ちょっとこれ持ってて」と言って持っていたビールをおもむろに渡されたのだ。
実際「あ、はいっ!」
心の中((はいぃぃぃぃぃぃよろこんでぇぇぇぇぇぇぇぇ一時間でも一生でも持ってますぅぅぅぅ。゚(゚^ω^゚)゚。))
「頼まれる」ってすごく、生きてるって喜び、実感するね…(激重
もうドリーさんエピソードひとついいですか。
自分たちの出番が終わったあとで、ステージ裏の小高いところで体育座りでステージを見ていたドリーさん。
こちらの方角を見た瞬間に、めっちゃ遠くから思いっきり手を振った私。
そしたら、なんと、手を、振り返してくださったo(TヘTo)感激感動!!!!
時間が前後するけど、ライブ本番は、下手の端っこの方最前でステージにしがみつく形で参戦。
ステージめっちゃ高いからすごい見上げるアングル。
これがまたかっこいいのなんの…!!!!
ステージにさえ屋根がない野外、照りつける太陽、逆光のドリーさん。。。神がかり的かっこよさ。。
ドリーさんが前の方に来た時は後ろの人に見えるようにしゃがんでた。
あのアングルと近さと明るさで見る反り返り(ブリッジ?えびぞり?)は迫力満点。
カメラマンの血が騒いだ~~~(もちろん撮影してないけど)(そもそもカメラマンじゃない)
ヘッドを客席側に向けて銃を撃つみたいなパフォーマンスで2回ほどハートを撃ち抜かれた。
だって柵もない目の前なんやもん!!!
Surfin' girl聴けてうれしいなぁぁぁ。めっちゃ楽しい~。
ハートブレイカ―では、ダニーさんが間奏の途中で「お客さんの歓声が小さいからギター置いて帰っちゃう」ところから「戻ってる」までの小芝居をやってとても面白かった。
戻ってき方が最高にコミカルで笑った!リズムに合わせてネクタイ締めるしぐさしたり、ズボン直す(?)しぐさしたりしながらロボットダンスみたいな動きで^3^
とにかく楽しかったなぁ。
生きて家まで帰れるのか心配になるほど色々ツイてた。
写真も撮ってもらった。私安易にピースするのやめたい。私だけ映り方がダサくてかなしいw
ありがとう。。ありがとう。。。
すさんだ心にしみる優しさ、小さな幸せ。。。。。忘れないようにここにメモ。
そして読んでくださった方もお付き合いありがとう。
でも一緒に行ったお友達のことちゃんと考えられてたかな、私。っていう瞬間があった。
50に夢中になりすぎたかもって、そこはとても反省している。
ほかにもダニーさんのこととか書きたいけどもう力尽きた。
うおーーーアカウント分けたいーーーー!!!
書きづらいーーーー!!!!書きづらいんやーー!!!
だからこっちに書くでーーー!!!
行ってきたんやーー!!!行ってきたんやでーーー!!!!
どこにって?
あそこやでーーー!!!あそこしかないでーーー!!!!!(止めて)(誰か)
早く着きすぎてウロウロしていて、会場前の今日の告知チラシ写メろうかどうしようかとか思いながら会場あたり通ったらマーガレットさんがちょうど出てきはった。
最近すごいタイミングいいことが多くて怖いです。
全然心の準備できてなかったけど、こんなチャンス二度とないかもしらんからと思いきって
「マーガレットさんですか?!」
と声をかけた。
「握手してもらっていいですか!?」
とか言って。
まがれさんは「あっ」って言った後は言葉は発せず、ガシっと握手してくれてニコニコとジェスチャーで答えてくれはったw(会場を指さしたりグッと親指立てたり)
まがれさんの手は熱くも冷たくもなかったから体温は同じ!!!やった!!!!←
「初めてライブ見に来ました!!」って言ったけど初めてちゃうからーーー!!!!2回目やから!!!
テンパリ過ぎたらこんなもんwまぁ好きになってからは初めてやけど。。
震える手のままコンビニ行って水買ったら「88円になります」って言われて、とことん「88」に縁があるらしかった。
それから会場入りの時間。整理番号はなしで、開場時刻になるとともにスタッフさんが「どうぞー」って言って、普通にそのままだらだら~~っとその場にいる順に入場。
最前いけてもぉた。となりに巡礼の常連さんが来て、ずっとその人とおしゃべりしてた。
巡礼のファンってセクマシとか苦手そう…って勝手に思ってたから心配だったけど杞憂やね。
アウェでもホームでも命がけの全力ライブ!!!
ただ常連にとっては曲数減るのはさみしいw
Wowやサルでもわかるで初見の人をひたすら鼓舞したあとの昨日の続きは感動する。。
やっぱセクマシは定期的に見ないとあかん!!!
で、巡礼。
まがれさんは黒地に白ドットミニスカートキャミワンピ。
かわいすぎて女の私でもドキッとしたよ。ひざ下が長いうらやましい!!
(でも生足は女の特権やろ?って思って生足参戦だった私。男性には負けてられんじゃないか!!!!←謎の闘争心再び)
セトリ(順不同)は、太陽ヲ盗ンダ男、攻撃的~、IMNY、仏滅~、霊界ヌ~ボ~、ohenro3、具現化中、日本、赤い衝動、en.仏狂
一曲目とラスト、アンコは合ってる。
曲聴いてからは初めてのライブだったから、呼吸を忘れるくらい集中して聴いてていっぱいいっぱいで、楽しむ余裕があまりなかった。
次からは多少余裕ができているだろう…。
あかん、長くなりすぎる。
そうだ、終演後。
まがれさんに写真撮ってもらおうと思って声かけたら、「あ、さっきの!」って言ってくれはった。
例の常連さんにお菓子を1ついただいて、まがれさんもそれをもらっていたんだけど甘いのが苦手らしく、写真撮るのに横にならんだ時に「これもいる?(笑)」って冗談言ってくれたり…緊張を解く天才か!!!
なるほど、ライブ前は一言も発してはらへんかったけど、すっごくフレンドリーなお方なのですネ。
常連さんに囲まれて話している時や帰り際、私は少し後ろに居たけど、ちゃんと目を合わせてにこっと微笑んで手を振ってくれたりありがとうのジェスチャーをしたり…
あちゃー!!!(おでこ抑えて)
こりゃハイレベルのファン対応やで!!! (ダニーさんのテンションが移っている)
まいりました!!!!<(_ _ )>あまり夢中にならないように気をつけまっす。
それでも帰りは50回転ズ爆音で聴きながら帰りました。巡礼浸りで1日中ずっと心がムヨムヨしてたから精神安定剤。ホッとしたかったねん。。
巡礼のファンは、すーしんや50ともまた好きの種類が違うなぁと思った。
それについても書きたいけどこのへんにしとこ。
あと、やはりひとりで参戦すると常連さんが声をかけてくださって仲良くしてくださるジンクスがあるようだ。
すーしん、セクマシ、50、88、全部だ!!!!え、すごい!!!!
やっぱバンドが素晴らしいとファンも素晴らしいのね。